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熊本地方裁判所天草支部 昭和53年(ワ)17号 判決 1979年5月28日

原告

塚田浩二

被告

眞井淑子

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一、一三二万九、六八七円とこれに対する昭和五三年五月二四日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余は被告らの各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金二、〇〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年五月二四日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は昭和五二年七月一日午前五時三〇分ごろ、原動機付自転車(以下、被害自転車という)を運転して熊本県本渡市東浜町一八番一二号先交差点にさしかかつたところ、対向して進行してきた被告淑子の運転する軽四輪貨物車(熊本四〇い九二〇九、以下、加害車という)が、被害自転車の進路直前で右折して右交差点に進入してきたため、進路を妨害された被告自転車は衝突を避けようとして路上に転倒し原告が後記傷害を受けるという交通事故が発生した。

2  責任原因

(一)被告直は加害車を保有し自己のために運行の用に供しているものであるから、自賠法三条に基づき、原告の受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

(二)加害車は前記交差点で右折進行しようとしたのであるから、このような場合自動車運転者としては、直進対向車の有無およびその動勢を注視し徐行もしくは一時停止をし直進対向車の通過を待つてから右折すべき注意義務があるのに、被告淑子はこれを怠り、被害自転車が接近してくるのを認めておりながら漫然加害車の方が先に右折できるものと軽信し、右交差点まで進行してきたのと同速度のまま右折進行した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、同被告は原告の受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一)原告は本件事故により頭部、顔面、右前腕、右膝足関節打撲擦過傷、右下腹部皮下損傷、外傷性シヨツク等の傷害を受け、事故当日本渡市東浜町一九番一一号所在の松山外科医院に入院したが、翌日、大腸脾臓損傷の疑いにより熊本市長嶺町二二五五―二〇九所在の熊本赤十字病院に転医し、脾臓摘出の緊急手術を受け、昭和五二年七月一六日同病院を退院し同年一一月三〇日まで通院(実日数五日間)した。

(二)原告は右脾臓摘出手術により脾臓を失い、自賠法施行令別表第八級に該当する後遺障害のある身体となつた。原告は昭和三五年三月三〇日生れで本件事故当時天草東高校三年生であつた。そこで、満一八歳で同高校を卒業すると満六七歳に達するまでの四九年間にわたつて就労可能なところ、右後遺障害により労働能力を四五%喪失したので、昭和五一年賃金センサスにより認められる新高卒者の平均給与額月額一六万〇、七〇〇円および賞与等特別給与年額五五万二、一〇〇円を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり、金二、七二五万三、七四九円となる。

(160,700円×12月)+552,100円=2,480,500円

2,480,500円×45/100×24.416=27,253,749円

(三)原告が受けた傷害の程度、内容、後遺障害、被告らの誠意のない態度その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料は金四〇〇万円が相当である。

(四)原告は自賠責保険金より後遺障害等級八級相当として金五〇四万円の支払を受けた。

(五)原告は本訴の提起遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任し、報酬として金二〇〇万円を支払う旨約定した。

4  結論

よつて原告は被告らに対し、右(二)、(三)の合計金三、一二五万三、七四九円から(四)を控除した金二、六二一万三、七四九円に(五)を加算した金二、八二一万三、七四九円の損害賠償請求権を有するところ、連帯して、うち金二、〇〇〇万円と、これに対する不法行為成立後であり訴状送達の日の翌日である昭和五三年五月二四日から支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告主張の日時、場所で原告が被害を受けるという交通事故の発生したことは認めるが、その余の事実は争う。

2  同2の事実のうち、(一)は認めるが、(二)は否認する

3  同3の事実は不知。

三  抗弁

本件事故の発生については原告の過失も寄与しているから、損害額の算定に当たつて斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

原告主張の日時、場所において被害自転車を運転して走行中の原告が被害を受けるという交通事故の発生したことは当事者間に争いがなく、後記二の2で認定のとおり、右事故は原告運転の被害自転車が亀場町方面(南)から小松原町方面(北)に向かつて進行し本件交差点にさしかかつたところ、小松原町方面から対向して進行してきた加害車が右交差点で右折をし被害自転車の進路直前に進行したため、衝突を回避しようとした原告がとつさに急制動措置をとつたが被害自転車は人車ともに路上に転倒したものであつて、成立に争いのない甲第一〇号証および原告本人尋問の結果によると、右事故のため原告は腹部打撲により脾臓破裂等の傷害を受けたことが認められる。

二  責任原因

1  請求原因2の(一)の事実は当事者間に争いがない。右事実によると、自賠法三条に基づき、被告直は原告の受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

2  被告淑子の過失の有無につき検討するのに、成立に争いのない甲第二、第三、第七(但し、後記信用しない記載部分を除く)、第八号証に証人小林幸二の証言および原告本人尋問の結果を合わせると、本件事故現場は小松原方面(北)から亀場町方面(南)に通ずる市道と事故現場付近で西北方から東南方に向かつて流れる町山口川の左岸堤防止に設置された、船之尾町方面(西北)から港町方面(東南)に通ずる市道との交差する交通整理の行なわれていない交差点内であつて、各道路の幅員は小松原町亀場町線が七・七五ないし七・六五メートル、船之尾町港町線が三・八ないし三・七メートルであり、いずれもコンクリート舗装されていて、事故当時は降雨後で路面は湿潤していたこと、被告淑子は加害車を運転して小松原町方面から亀場町方面に向かつて道路中央線沿いに時速四〇キロメートルで進行し、本件交差点で船之尾町方面に右折すべく、右折開始地点の五・九メートル手前付近で時速二〇ないし三〇キロメートルに減速して右折の合図をし、右折開始直前に前方を見たところ約三〇メートル前方に被害自転車が進行してくるのを認めたが加害車の方が先に右折できるものと思い、右折を開始して道路中央線を越え対向車線内に二、三メートル進入したとき約一一メートル前方に接近した被害自転車を認めて危険を感じ急制動措置をとつたこと、他方、原告は本件交差点の約三〇〇メートル南方の地点にある交差点で新聞配達仲間の訴外小林幸二の運転する単車と一緒に信号待ちをした後そろつて発進し、被害自転車が時速四〇キロメートル余の速度で先行して本件交差点に接近したとき、原告は約五八メートル前方に右交差点で右折すべく対向して進行してくる加害車を認めたが、同車は直進する被害自転車の通過するのを待つてから右折するものと信じて右同速度のまま進行したところ、約一五メートルの至近距離に至つたときいきなり加害車が右折して被害自転車の進路前方に進入してきたため、進路を妨害された原告はとつさに急制動措置をとつたものの路面が湿潤していたこともあつて、人車離れ離れに路上に転倒し原告は路上を滑走して加害車の前部左のバンパーかタイヤに衝突したこと、前記訴外人運転の単車は本件交差点より手前にある交差点で右折予定であつたため時速三五キロメートル程度で被害自転車の後方から進行しその交差点にさしかかつたが、そのとき同訴外人はその進路前方から対向して進行してきた加害車が被害自転車の進路直前に「通せんぼ」をするような格好で右折進入したのを見て瞬間的に危険を感じ前方を注目して右事故の填末を目撃したこと、以上のとおり認められる。前記甲第七号証によると、被告淑子は原告の身体は加害車に衝突してはいない旨供述していることが認められるが、右供述記載部分は、原告が急制動措置をとる直前の両車両の位置関係、被害自転車の速度、路面の状況等に照らしてたやすく信用できない(もつともこの点は仮りに同被告の述べるとおりであつたとしても同被告の過失責任を否定する理由とはならない)し、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によると、被告淑子は本件交差点で右折するに当たつては一時停止をし被害自転車の通過し終わるのを待つてから右折進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然加害車の方が先に右折できるものと軽信して一時停止をすることなく右折進行したため被害自転車をして急制動措置をとるのやむなきに至らしめた過失のあることが明らかである。よつて被告淑子は、民法七〇九条に基づき、原告の受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第四、第五号証、前記甲第一〇号証に原告本人尋問の結果を合わせると、本件事故により原告は前記腹部打撲による脾臓破裂のほか頭部、顔面、右前腕、右膝足関節部打撲擦過傷等の傷害を受け、事故当日の昭和五二年七月一日本渡市東浜町一九番一一号所在の松山外科医院に入院し、翌七月二日熊本市長嶺町二二五五―二〇九所在の熊本赤十字病院に転医し、右同日脾臓摘出の緊急手術を受けて同年同月一六日退院し、その後同年一一月三〇日まで同病院に通院した(通院実日数五日間)ことが認められる。

2  逸失利益

成立に争いのない甲第一号証に原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和三五年三月三〇日生れで本件事故当時天草東高校三年生であつたこと、原告は現に自動車の運転程度の仕事はしているが医師からは無理な運動はしないよう注意を受けていることが認められる。そこで右認定事実に脾臓喪失は自賠法施行令別表第八級該当の後遺障害であり、労働省労働基準局長通牒(昭三二・七・二基発第五五一号)の別表・労働能力喪失率表によると四五%の喪失割合とされていることを合わせ考慮して、原告は本件事故によりその労働能力を四五%喪失したものと認める。さて原告は本件事故に遭遇することがなければ前記高校を卒業し満一八歳から満六七歳に達するまでの四九年間にわたつて就労しその労働能力を一〇〇%発揮しうべきところ、右のとおり労働能力を喪失したから原告の逸失利益は得べかりし収入に右労働能力喪失割合を乗じたものということになる。昭和五一年賃金センサスによると高校卒業男子労働者の一八歳ないし一九歳における平均給与は月額金九万一、七〇〇円であり年間特別給与は金九万九、二〇〇円であるから、これに五%の賃金上昇分を加算したものをもつて基準賃金とするが、労働能力喪失割合を右のとおり比較的高く認めたこととの権衡上右初任給をもつて全就労可能期間を固定するのが控え目な算定となつて公平の原則に適うと思料する。よつて原告の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次の算式により、金一、三二九万九、六五三円となる。

(91,700円×1.05×12)+(99,200円×1.05)=1,259,580円

1,259,580円×45/100×23.464=13,299,653円

3  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度、原告の年齢、その他諸般の事情を勘案すると、慰藉料は金四〇〇万円とするのが相当であると認められる。

4  過失相殺

前記二の2で認定した事実によると、本件事故当時は降雨後で事故現場付近の路面は湿潤しており、ことに四輪車と比較して安定性に欠ける二輪車等が高速度で走行中に急制動措置をとつた場合には滑空して転倒する危険を伴う道路状況にあつたのであるから、二輪車等の運転者としてはいつどんな危険に遭遇しても安全かつ迅速に停車できるよう速度を調整して走行するべき注意義務があるというべきところ、原告はこれを怠り、時速四〇キロメートルを超える高速度で被害自転車を走行させ、しかも本件交差点に接近した際約五八メートル前方に右折すべく対向進行してくる加害車を認めておりながら、漫然右高速度のまま走行させた点で過失を免れない。そこで原告の損害からその一〇%を減ずるのが相当と認める。

よつて、原告の損害は右2、3の合算額金一、七二九万九、六五三円からその一〇%を控除した金一、五五六万九、六八七円となる。

5  損害の填補

原告が自賠責保険金から金五〇四万円の支払を受けたことは原告の自認するところである。よつて前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は金一、〇五二万九、六八七円となる。

6  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は金八〇万円とするのが相当であると認められる。

四  結び

以上の次第であつて、原告の本訴請求は被告らに対し連帯して、右三の5、6の合算額金一、一三二万九、六八七円と、これに対する不法行為後であり訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年五月二四日から支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから正当としてこれを認容し、その余はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本多市)

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